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2700年前の「エルサレム市長印」― 2018.1.23

発見された印章

haaretz.co.il より)

嘆きの壁では長年に渡って発掘が行われているのですが、今月初め第1神殿時代の地層から見つかった貴重な印章がメディアに公開されました。
この印章は粘土からできており、大きさは1.3 x 1.5cm、厚さは約2mm。上部には互いに向き合った2人の人物が描かれており、下部には古代ヘブライ語文字で「לשרער (LSR IR)」との刻印がされています。考古学者たちはこれを「町の統治者(のもの/所有)」を意味する「ラ・サール=ハ・イール(לשר העיר)」と復元し、約2700年前(紀元前7世紀)のユダ王国の支配体制を物語る貴重な資料だと発表しました。


「サール=ハ・イール(町の統治者)」という役職名は、聖書でも2個所ほど言及されています。列王記上(第二)23章には「町のつかさヨシュア(יהושע שר- העיר)」が、歴代志下34章には「町のつかさマアセヤ(מעשיהו שר- העיר)」が、サール=ハ・イールとして登場しています。今までにも「サール=ハ・イール」と刻印された印章が2つ発見されていますが、それらは発掘で見つかったものではなく商業目的で発見(もしくは盗掘)され、商人たちの間で出回っていたもの。そのため出土した考古学的な文脈(年代と正確な発掘場所)は分かっていません。
発掘チームを率いるイスラエル考古学庁のシュロミート・ウェクスラー・ブドラ氏は「考古学的発掘で見つかった初めての町の統治者の印章であり、聖書に描かれている役職が実際に存在していた事を証明すると同時に、エルサレムを中心としたユダ王国の中央集権制度を物語る貴重な資料である。」と語っています。

発掘現場

ynet.co.il より)

この陶器製の印章は嘆きの壁から200mほどの場所で見つかりました。印章が見つかった層からは(旧約聖書時代の)イスラエル民族の典型的な居住形式だった、4分割された長方形の列柱式建造物が発見されています。また出土した動物の骨を鑑定した結果、ヤギと羊の骨のみでブタの骨が全く見つからなかったことから、ここに住んでいたのがユダヤ人だということが推測できます。そして近くからエジプトやアッシリアから輸入した陶器やそれらの様式を模倣した品々が出土してきているため、社会的な地位が高いユダヤ人が住んでいたのだろうという結論が、考古学者たちによって下されていました。そして今回発見された「エルサレム市長」の印章から、この発掘場所で約2700年前にエルサレム市政、またはユダ王国の高官が住んでいたのだろう、とウェクスラー・ブドラ氏たちは推測しています。


しかし2700年前に高官としてエルサレム市政やユダ王政に関わっていたこのユダヤ人、宗教的に敬虔だった訳ではないようです。列柱式建造物の周辺から、イスラエル内の異教を信じる民族の遺跡から多数出土している、多産や肥沃をつかさどる妊娠した女性の小像がいくつか出土したからです。ユダ王国内の遺跡でも多くの妊婦像が見つかっていますが、神殿から目と鼻の先にある第1神殿時代後期の層からこのような異教崇拝を示すような発見があったのは興味深いことです。

発掘で見つかった像の頭部(左)と他の遺跡から出土している妊婦像(右)

kan.org.illib.cet.ac.il より)


またエルサレム市長の印章からも、ユダヤ人による異教崇拝の手がかりが見つかっています。注目したいのは印章上部に描かれている2つの人物像。彼らは向かい合って、三日月のようなものを手で支えている、または拝んでいるように見えるからです。古代オリエント世界で三日月と言えば、エジプトのイシスやコンス、メソポタミアのシンなど広く信仰の対象となっていた神々のアトリビュートでした。

印章に描かれた三日月と古代オリエントにおける三日月のモチーフ例。右上はアッシリア王石碑に描かれたシン、右下はカルナック内のコンス神殿。

britishmuseum.orgwikipedia.org より)


これらユダヤ人による異教信仰を暗示するような資料が第1神殿時代末期の地層から見つかったことを、聖書考古学の観点から注目してみましょう。
エルサレム神殿・ユダ王国の崩壊が紀元586年、紀元前6世紀の初頭でした。よってこの紀元前7世紀の地層は、神殿が崩壊へと向かっていった時代の層という事になります。そして紀元前7世紀前半のユダ王国はマナセとアモンという2人の王によって支配されていましたが、彼らはアッシリア帝国との朝貢関係を外交政策の軸としてバアルなどの異教をユダ王国内に普及させた、と聖書に書かれています。この紀元前7世紀前半に関する聖書の記述は今回発見された異教崇拝を示す考古学資料と合致しています。


そんな2人の王の後に即位し、7世紀後半のユダ王国を治めたのがヨシア王。聖書によると彼は宗教改革(申命記改革)を行い、異教を排除したとされています。そして前述したエルサレムの「サール=ハ・イール(町の統治者/つかさ)」が登場する聖書の2個所は、ヨシア王の宗教改革の文脈なのです。


ヨシヤはその治世の十八年に、国と宮とを清めた時、その神、主の宮を繕わせようと、アザリヤの子シャパン、町のつかさ(サール=ハ・イール)マアセヤおよびヨアハズの子史官ヨアをつかわした。 (歴代志下34章8節)


サール=ハ・イールというのがユダ王国後期(紀元前7世紀)の役職名だった事や、紀元前7世紀に異教崇拝がユダ王国に普及していたという聖書の記述と考古学的資料が合っている事実を受け、「歴代志や列王記などの聖書の書物が紀元前7世紀の時代背景を比較的忠実に描いているのでは」と両書の歴史的文献としての価値を再評価する声が考古学者や聖書学者などからは挙がっています。

印章を持つエルサレム市長ニール・バルカット

timesofisrael.com より)

現在エルサレム市長を務めるニール・バルカット氏は取材に対して、以下のように答えました。「エルサレムは世界で最も古い首都であり、ユダヤ人が3000年以上にも渡って住み続けている。今日この発見を受け、その脈々と続く歴史の1コマとまた出会う事ができた。この町をユダヤ人が作り発展させてきたこのような素晴らしい歴史を持つ町に住んでいる事を光栄に思い、それと同時に後世に引き継がなければいけないという使命感を感じている。」


考古学者たちによって更なる解析・研究がされた後、この印章はエルサレム市役所にて展示される予定です。

「バラガン」とはごちゃごちゃや散らかったという意味のイスラエルで最もポピュラーなスラングです。ここでは現地在住7年のシオンとの架け橋スタッフが、様々な分野での最新イスラエル・トピックをお届けします。



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