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オスロ合意

Oslo Agreement 1993年8月にオスロで成立した合意で。イスラエルとパレスチナが相互の存在を承認した上、ガザとエリコで暫定自治を開始し、最終地位交渉に至る道筋が定まった。

PFLP
Popular Front of Liberating Palestine パレスチナ解放人民戦線。PLO反主流派で、過去はシオニスト国家の存在を否定する強硬派で2001年10月のゼエビ観光相暗殺事件を実行した。近年は軟化し2国共存を受け入れたが未だオスロ合意には反対の立場を取り、そのためPLOの実行委員会には参加していない。
自治政府
PA Palestinian Authority パレスチナ自治政府オスロ合意にもとづく自治により設置された。統一国家としての独立を目指して法律や組織を準備していたが、2007年にパレスチナはハマスガザファタハ西岸地区に分裂した。2012年11月国連によりオブザーバー組織からオブザーバー国家に格上げされた。
撤退
イスラエルは西岸地区を占領した状態にあるため、土地の返還と言わず「撤退」という用語を使う。しかし、行政権と警察権が分かれているため、C地区B地区A地区との順序で撤退が行われる。オスロ合意以来、何度かの合意にもとづき、順次撤退が行われている。 ガザからは2005年に完全撤退が行なわれた。
ファタハ
Fatah イスラム過激派で、パレスチナ解放機構(PLO)の中心的グループ。オスロ合意を受け入れ、イスラエルとの共存を目指す路線を選択した。指導者のアラファト議長の死後、アッバス議長が引継いでいる。
ペレス
(シモン・ペレス) Shimon Peres ラビン政権時に外相を務めオスロ合意に尽力、首相暗殺事件後はしばらく臨時首相だったが、リクードネタニヤフ現大統領に破れた(第1次ネタニヤフ政権)。2001〜2002年までシャロン政権内で外相。2007年から7年間は大統領職に就いた。

【年表】

1993年 アラファト議長とラビン首相がPLOとイスラエルの相互承認、暫定自治合意を正式確認。オスロ合意の正式調印(9・9)

1994年 アラファト議長とペレス外相は、オスロ合意にもとづき、ガザ・エリコ地区からのイスラエル軍撤退などについての合意文書に仮調印(2・9)

1994年 ラビン首相とアラファト議長が、オスロ合意にもとづく暫定自治合意(カイロ協定)に調印。暫定自治政府が発足(5・4)




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